あほろばの手記

生死確認かチラシの裏に書くような散文置き場

なおらない喘息

そう言えばネット始めた頃って喘息発作がやばくてそのことばっかり書いてたなー
あれって怖いんだよな
今でも発作時の「死ぬかもしれない、私は苦しみのた打ち回って死んでしまうのか」
って恐怖がぬぐえない
でも発作起こしても書かなくなった
死生観が変わったからってのも大きいけどもっと大きく変わったものがある
今まではキツイ仕事を家族の為にやらせられてる道化だみたいな気持ちがあった
ここ数年でそれはなくなり自分の意思で仕事をこなしてる感が強い
ほんの二年ぐらい前まで気に入らない現場はどうにかして配置換えしてもらおうとしていたのにそれは無くなった
ミクシイで私は「生きる機会をくれた西野つかさそして人生の分岐をくれたルルーシュ」とそれぞれの理由とかグダグダと書いているのだけど
作品を通しての疑似体験で多くを学べたと考えている
擬似的な恋愛とそのスタイルから
擬似的な死とその意思から
作中の過程で多くを学んだ
喘息の発作も以前の私なら自棄を起こして酷くなるまでほっといて倒れて家族に愚痴る生きる生ゴミだった
今は酷くなる前に管理して発作をコントロールしている
それでも秋口の冷え込みは予想できない発作を起こしたりするけど発作と死ぬのはあまり怖くなくなったかな
自分の意思を託せる家族が居るからどのような終末を迎えても大丈夫だと思えるようになった
家族を素直に愛せるようになった
仕事が仲間が大好きだ
なにも怖いものはない
良いものも悪いと言われるものもただ共にあるだけ
全力で生きる
ただそれだけ