あほろばの手記

生死確認かチラシの裏に書くような散文置き場

空色アイロニー


私の仕事を見て聞いて関わった人たちの中には同情の言葉をかけてくれる人がいる




仕事辛くてかわいそう
女なのに警備員なんかしてかわいそう




実際生活に追われてるから余裕のある人たちからは憐憫の情をかけられることも少なくない
過去の自分の選択が今の私を作っているわけで同情されてもなあとか思うけど
そんな人には差しさわりのない言葉を返して終わる





詮索好きで私の私生活を聞いてくるときは
下手に出ながら相手の生活のことを聞く
無知の仮面を被り色々聞いていくのだ
向こうもあなたはかわいそうな人と別次元から見ているから気が緩んでる
結局は自身の私生活や非常識さがさらされてしまってることすら気付かないほどだ
そんな人はどこか不満を持っていてそれを解決するのに躊躇してたり積極的ではない
無意識にでも他者を貶めて自分を優位に立たせてみたりする人が多い
結局お金に困らなくても達成感や幸福感が得られなければ人は容易に不幸になるのか
職業に貴賎はなく精神や心に貴賎があるのだと結論を付けざるを得ない人間が多い





普段の私はソクラテス的思考とも言えるスタンスで生活している
人当たりのいい顔と言葉で接しているのだから意地が悪いのかもしれない
時にはズバリと本音と事実を本人に告げ反論や意見さえも許さない
そして怒りがある時は悪辣な意見や嫌味と言うより糾弾や尋問に等しく
私自身の評価のひとつである
容赦なく冷静に激しく怒る
との評価に至るのである






同情とは私はよくわからない
かわいそうとは思うことがあっても本当に同情しているかは疑問である
ただ困っている人が居ればできる限りのことはする
その時の自分の役割を見つけることが私の偽りない心情であり当たり前のことだからだ




まあ
同情するなら勝手にしてなさいってことかな
そんな人たちは永遠に平行線で真の理解者とは成り得ないのだから







ここに来て父ことを良く思い出す
ペンキ屋の娘とて産まれたが尋常小学校卒の父は常に私に教えてくれたことがある
人は生まれながらにして平等ではない
自転車屋の子は成ってもバイク屋か整備士
日雇いペンキ屋の子は肉体労働者
そこからどうにかしたかったら人と違うことをしろ
家族や自分自身を養ったりしてる職業に貴賎はなくても区別と差別はある
差別されても負けるな
心がくじけたら本当の負け
物事を知らなければ視野が狭いままになる
よく世の中の道理を知りそれを使いこなせ





ペンキ屋が一部のマスコミで差別用語になっていることに違和感を覚えつつ
父の職業が最下層から数えたほうが早い職業であることに異論はない
ただ人間性は職業だけでは推し量れないのは事実であると認識している





今はただ
在るがままに在り
為すがままに為す
自身の魂の在りようのままに